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消失を彷徨う空中庭園

消失を彷徨う空中庭園

第五章 土

 サラは研究室のドアをノックした。
「入っていいよ」
「失礼します」
 サラは田島の研究室に入った。
 田島はデスクに向かって、何かを熱心に凝視していた。
「ドアは閉めたら鍵をかけてくれないか」
 背中でそう言われて、サラは言うとおりにした。
「その資料は、最新の情報ですか」
「まあな。まだ他人に見せられない報告だ。ま、ただの土の報告だが」
「取り込み中なら出直しましょうか」
「いや、いい。君の用件も早いほうがいいだろう。違うかね」
 田島はやっと振り向いた。
「先刻はすまんね。熱くなって、君のことも考えずに言い過ぎた」
「そうですね。言い訳に困ります。どうしたら宜しいでしょうか」
「ふむ」
 サラは素手でオアシスフラワーを採取したのだ。それについて目撃者はいないのだが、防護服の類を着て出かけていない上に、全く無防備に普通に持ち帰ってきてしまった。それを指摘されると、先ほどの話との矛盾が起こってしまう。
「知らんふりしとればいいよ」
「そうですね。まさか、どこの研究機関も知らないことを私が知っているとも、誰も考えないでしょうし」
「とにかく、国の圧力がなくても今のチームの状態じゃ、とても情報は開示できないな。それに、正直我々だけの手に負える代物なのかどうかも不安ではある」
「しかし、研究は続けなければなりません」
「わかっておる。今は根に付着した土の成分を分析させておる。まあ、芳しい数値はないがね。塩素、イオウ、カルシウム、マグネシウム、ナトリウム、カリウム、ケイ素、鉄、アルミニウムなど、極めて通常の成分が正常な数値で表れておる。他の成分も調べさせてはいるが、どうかのう」
「それよりも、そろそろ注意しなければならない時間です」
「もうそんなに経ったか。私は気が進まんがね」
「明日、また行ってきます」
「また行く気か? どうも嫌な気がする」
「私以外に、適任者はいないと思いますが」
「それはわかっておる。だが、私は危険の大きさを考えているのだ」
「ちゃんと準備していきますから」
 サラもこうなるとなかなか頑固だった。
「そうか。ならば何も言わないが。まあ、こっちは私に任せたまえ」
「感謝します」
「くれぐれも気をつけてな。君は危険もよく知っているが、無謀に似た勇気もある。研究とは時間がかかるものだということを覚えておいてくれ」
「留意しておきます」
 田島はまた机に向かって、先ほどの作業の続きをした。
 サラもその背中にお辞儀をしてから退室した。


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